EXHIBITIONS

『言語の誕生 添景』顔シリーズ

 

頭脳、身体が作動すると同時に生れ出てくる言語の機能を活用し二次元上の造形は、20年近くの間続けている「言語の誕生」シリーズである。

画面に筆を置くと同時に生れ続ける描線により画面が区切られ、造形的に完結したと判断したところで作品が出来る。私の全的な働きから生れるそれなりに起承転結をもった平面作品は私の行為がメタモルフォーズ(metamorphose)された結果である。

自分なりに出来上がったと思う表現が、時間を追う毎に何かが不足していると感じるようになった。オールオーバーのメタファーだけでは表現に不足しているものがあるとハッキリと意識するようになった。私は、それらの作品に、現実の象徴であるアイコンを入れることで、すでにある作品と共に意味化することを考えた。

画面にメタファーとシンボルの両面が必要であると意識して、添景シリーズと名付けた。本来、添景とはすでにある風景に加筆する技法である。画面に加筆するという添え物の意識を乗り越えて添え物自身がその画の表面に乗っかるというアイデアが生れた。それが顔シリーズである。

画面に顔を全面に乗せてしまうのは、すでに描かれている画の意味を消してしまうのではないかと私は強く心配したが、自然にそれをやってしまった自分が居た。

顔を乗せる作品によって、作品全体として良くなったり破綻してしまったりしているが、それでもなお徹底してこれをやってみたいと思っている。メタファー(metaphor)とシンボル(symbol)の新しい結合により、新しい絵画の地平がひらけることを強く希望する。          

島 州一

 

 

島州一のテーマは、その長いキャリアを通じ、情報化社会において個人を保証することだったと考えて好い。いわゆる「モドキレーション」と呼ばれる方法は、作家特有の「造形言語」を自律的なパターンとして表現する「言語の誕生」シリーズにおいて、作家自身を客体化したことで、より高次の「トレース」に発展したと言える。それらの過去作を「地」に、共有された符号であるアイコンを「図」として加筆する「添景」シリーズは典型的な形象を反復させる点で、往年の版表現と連関するかもしれないが、むしろ、単に内在的であることを脱し、鑑賞者に伝達する意思が顕著である。これらの「投擲」が、まさしく世代を超えて、十全に達成されるかーーそれを論じるための紙幅はないが、すくなくとも謦咳に接することができたのは、島が長生きであるからに他ならない。今は、その衰えぬ制作意欲を言祝ぐにとどめ、作家の更なる挑戦と、それに対する批評家の評釈を期待されたい。

飯盛 希(いさかり まれ)

1990年生まれ。専門は美術批評、比較芸術。東京大学大学院総合文化研究科 超越文化科学専攻 修士課程終了